SSH と 数学
この夏の思い出,数学の課題研究,または 方程式のガロア群

SSH と 数学 または SGH と 数学
 09年春に K高校での担任業務に区切りがついたので, 09年は充電期間にさせてもらうことにしました。 その年の秋に 岐阜県立恵那高等学校と, 奈良女子大附属中等教育学校を訪問して, 大きな衝撃を受けました。 主目的は,数学の課題研究を視察してくることです。 SSH に参加してよかったと思えることでした。
 その旅で学んだことは, SSH は自由であり,現場教員の発想で,国の予算を自分たちの勤務校へ持ってくることである。 無理をせずに,SSH 事業を運営する方法がある。
 K高校での私の役目は情報ネットワークに関することでしたが, ちょうどいろいろな理由(未履修問題と,自分が楽をしたいから始めたことなのに, 結局コンピュータを使えない人に使われているだけということに気が付いた, むしろ,後者のほうが強い理由)でコンピュータに興味を失っていたこともあり, 実際の仕事はあまりしませんでした。 いずれ恩返ししたいなという思いと, 情報ネットワークの利用で,例えば,距離を埋めることは, SSH でやることではないなということを感じました。
 その後,2010年に現勤務校へ異動するわけですが, 一緒に異動した理科の M 先生と,いずれ A高校でも SSH を復活させるのかなと半ば冗談に, でも,私は本気で思っていました。
 09年の旅では,本を読むこと(input),思索をすること(brew),旅をすること(experience),対話すること(interaction), の大切さを再確認しました。 (この英単語は必ずしも適切な語ではないかもしれません。)
 これは,A高校で SSH 事業を復活させようとしたときのキーワードにしました。 不思議なことに 2011年から12年にかけて,県下のいくつかの高校が SSH に名乗りを挙げています。 11年度末の申請ではいくつかの高校が不採用になっています。 そこに,A高校が再参入ということになるのです。
 私は12年度に11年度末不採用になった県内他校の申請書を読んだとき, 何してるのかなと実は思いました。 正直言って,作文が下手なんです。 そして,県教育委員会に共通していることなのだけど, 人材の在りかを知らない。 SSHの申請書を書こうと思ったら, 申請した人に聞くのが一番なのに, 私たちに聞こうとしない。 その点,A高校の当時の副校長は賢い。 人材の在りかを知らない, 言い換えると,自分の近くにいる人だけで, 物事を決めている教育委員会の風潮は今も全く変わっていません。 世の中よくしようと思ったら, どこに誰がいるかを知っておくことに決まっているのに。 人をまっとうに評価できない人たちですから, その程度のことしかできないのは仕方ないのかもしれません。 と,笑ってみていることが多いです。 02年に事業が始まったときと比べて,SSH事業は次のように変化しています。 これも09年の旅で感じたことなのですが, 先端学習はもちろん大事なのだけれど, 高校生どうしのネットワーク構築が一番の課題になっています。 そして,数学です。 一昨年のこの時期にも少しお話したことがあります。
 今年はちょっと面白い出来事がいくつかありました。 STAP細胞の問題,偽ベートーベンの問題,そして 大手新聞の問題。 共通していることは,第4の権力といわれていたマスコミの権威の失墜です。 言い換えると,ネットによるマスコミ権力へのチェック機能が働き始めていること。  STAP細胞の問題を取り上げれば,Nature が論文を取り上げたということで, マスコミが一斉に彼女に脚光を浴びせた。 しかし,ネットから疑念が指摘されて,マスコミは手のひらを返した。 マスコミは,見る人に受けることを受けるようにとりあげる, 世の中を動かすことができると思っている, ことがあらわになってしまったようです。
 それだけでなく,この事件は数学では絶対に起こらないことも, 私は興味を持ちました。 ちょっと過激に言えば,理科(数学を除く自然科学の意味。 というより数学は自然科学ではないのかもしれません。) はまだ錬金術の時代からほとんど進歩していない。 証明という言葉には,数学からいうと程遠い。 数学の立場からすれば,証明という言葉を使うのを禁じたほうがいいとさえ思います。 よくいわれる,存在しないことの証明は現在の理科では難しいようですし, 存在することの証明も再現できたできなかったのレベルです。
 初期のころのSSH は最先端の科学に高校生にも触れさせよう というのが 大きかったと思います。 また,プレゼンテーション技術というのもよくあるキーワードでした。 さらに,女性研究者の育成というのもテーマとしてありました。 でも,それだけではダメだというのを,図らずも STAP細胞の問題が「証明」してしまった。 私は09年の旅で気付いていた,というと後出しですが, 高校生ネットワークの形成,思考と問題解決法ベースとしての数学 が 将来を担う人材の育成に不可欠であるというのが,私の持論です。
 現勤務校でのSSHの目標は次のとおりです。
1 これまでの課題研究を中心とした本校の理数教育をさらに発展充実させることで, 課題解決力を身につけ,科学技術の発展を牽引するリーダーを育成する。
2 英語のコミュニケーション能力を高め, グローバルな視野と国際感覚を持ち,世界を舞台に活躍できる人材を育成する。
3 普通科においても,科学技術の意義や有用性を理解できる社会のリーダーとしての 素養を身につけさせる。
4 地域に,科学技術・グローバル人材育成のための 中核拠点を構築し,生徒が相互交流(インタラクション)を経験することにより, 本校生徒とともに地域の児童生徒の資質向上に寄与し, 地域の科学リテラシーを高める。
 半ば強引に(私が好き勝手やりたかっただけ) A高校では 数学にも学校設定科目を作ることにしました。 申請時は教育委員会担当者には理解いただけませんでしたが, 高校生には(難関大学進学者希望者の多い高校)ちゃんとした数学教育が必要だということを確信しています。 端的にいえば,数学を使って とことん考え抜くことをさせなくてはいけない。
 いろいろなところで言っているのですが, 理数科設置校は少なくとも, 教科「理数」の 現行学習指導要領は読んだほうがいい。 私たちの県は,教育委員会も現場の教諭もずいぶん遅れていることが分かります。 学習指導要領の数学は,教育の大衆化と少子化の妥協の産物だと思っています。 エリートという言葉はいい意味で使いたいですが, 社会のリーダーを養成する高校には似合わないカリキュラムです。 たぶん,文科省はそのことを分かって作っている。 数年前から本県でも数学を中心に学校設定科目設置の動きがあります。 これを,都合のいいように使わない手はない。
 SGH と数学で私なら次のように作文します。 文科省のやることなので,ある特定の教科だけでなく, 学校全体の取り組みとして事業を評価しますから, 重要教科として自負している数学も仲間に入れてもらいましょう。
 数学セミナー2014年9月,11月号に浪川幸彦先生が書いておられるのですが, Mumford は確率論的な考え方が今世紀は重要になるのでは という考えを持っておられるそうです。
 「社会問題に対する関心と深い教養」とは,数学でいえば ヨーロッパだけではなく,世界各地で数千年の歴史(教養)をもちますし, 経済,政治に数学の考え方(社会問題の数理)を適応することも当たり前のように 行われています。
 「コミュニケーション能力」といえば, 自己の意見をいかに主張するか(ディベート能力)に 力点が置かれている傾向があるように感じていますが, そうではありませんよね。 物静かな人にもしっかりコミュニケーション能力が備わっているのは, 数学の世界を見ていればわかります。 人の意見を自分の中にとり入れる力も含まれています。 自己の意見を論理正しくまた,図表を使って説得力を持たせることも, もちろん大切です。 自己の意見を人の発言を遮って,声高に主張するだけではないのです。 先日の結城浩さんの話にもキーワードとしてあった単語で, 私もこの文章で随所に書いていますが, 対話という語をあてたほうがいいのではと思います。 古くは,Galilei も「対話」と題した著作を残しています。
 「問題解決力」は数学がもっとも得意とするものです。 他のどの教科よりも強く寄与できるはずです。 仮定から結論まで (求めよという問題では, 私はこのごろ 設定から要求(リクエスト)まで と言っています。) 矛盾なく説明することは, 日ごろ数学の問題を解いていると自然に身についてくる力です。 問題の構造を見抜き,従来知られている知識をどのように使うか考える姿勢もそうです。 また,最近特に重要だと思うのは, 数学が進歩するとき,すなわち新しい理論が作られるときです。 問題を解決するためのブレークスルーとでもいうのでしょうか。 ブルバキ的な思想のちょうど逆です。 数学史から新しい理論が作られる瞬間を辿ることによって, 問題解決法を学ぶのです。 5次方程式の解の公式がない ことを示したAbel たちの足跡は まさに,その点を学ぶのによい教材なのかもと思いました。
 このように考えると,グローバル人材育成のために 数学は相当重要なポジションをとることができるのですが, 政治力のある人に数学ができる人が少ないところが, 本県の問題なのかもしれませんね。
 もう一つ書いておきたいのが,数学甲子園での体験です。
 今年も本選に出場できたのですが, 準決勝進出の15チームに残れませんでした。 本校理数科3年のスーパー5をもってしてもです。 彼らが,口々にしたのは計算力のなさでした。 相手には,高校1年生や中学3年生もいます。 彼我の差は大きい。 もっというと, 今年決勝に残ったのは,灘,開成,駒場東邦,栄光学園 と東京(神奈川)か大阪(神戸)。 ある先生が言っていましたが,愛知勢も全滅。
 そこで,思い付きの提言。
 数学オリンピック予選の地方会場受験もいいけど, どうせどこで受けてもいいのなら, 国際オリンピックに出場するような人と同じ会場で受けさせてみようか。
 京都がやっているけど (視察に行きたいものです),オリンピック通過を目指す本格的なセミナーを作る。 そのための県内選考試験を実施する。
 具体的には,小学6年生,中学2年生を対象とする 数学コンクールを行い,年間20回くらいのセミナーを行う。 コンクールの問題はいわゆる中学入試の問題でもよい気がしています。
 中等教育学校連携数学セミナーを開催する。
なんていうのはどうでしょうか。 数学においても中核拠点を作りたいのが, 私の企みです。 今では,理数トップセミナーになってしまいましたが, やはり数学単独のセミナーも行うべきだと思っています。 SSH の予算で何とか実施したいと考えています。

つづく